ペルシャ湾岸の戦火を避けて、2週間の海外周遊へ出発(日本→モンゴル→トルコ→)

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つぼです。2026年4月1日に5回目の転職をしました。

その前の2026年3月14日~29日、有給休暇を利用して海外8ヶ国(うち2ヶ国は乗り継ぎのみ)を周遊してきました。数回に分けてその記録を書いていきます。

プロローグ

旅の期間は約2週間。さて、どこへ行く?

2026年1月8日、15時頃。当時勤務していた企業の役員室で、不本意な異動が通告された。その後、紆余曲折を経て、その企業を退職し、別の企業へ転職することを決断した。


「行きたい場所には行けるうちに行く」を座右の銘としている私は、3月には有給休暇を利用して海外へ行く計画を練り始めた。

行きたいところはいくらでもある。海外周遊に割り当てることができる時間は約2週間。多少まとまった時間があるので、なるべく遠くへ行こう。

最終目的地をセネガルに決める

2025年末~2026年始に訪れたサウジアラビアが私にとって100ヶ国目の訪問国のはず。

これまで多くの国を旅してきたが、実は西アフリカにはまだ一度も行ったことがない。ざっと調べた限り、西アフリカ諸国へ入国するには概ねビザが必要だ。ビザの取得は面倒で費用もかかる。

一方、以前気になって調べたセネガルの入国にはビザが不要であることを把握していた。念のため、ビザが不要であることを再確認し、セネガルを目指すことに決めた。

そして航空券を調べ始めた。ドーハ(カタール)、ドバイ(UAE)などペルシャ湾岸都市を経由するのが比較的安くて便利そうだ。セネガル以外の訪問国をどうするか、考えたり調べたりしているうちにどんどん時間が過ぎた。

戦火のペルシャ湾を避ける

2026年2月28日、アメリカ軍とイスラエル軍がイランに対し、「壮絶な怒り(Epic Fury)」と名付けられた軍事攻撃を開始した。イランの反撃もあって、ペルシャ湾全域が戦火に見舞われてしまった。こうなるとペルシャ湾岸都市を経由するのはリスクが高すぎる。

私はペルシャ湾を回避するルートを探し始めた。イスタンブール経由がよさそうだ。あの魅力たっぷりのイスタンブールにも寄ることができる。

以前モンゴルを訪れた際、MIATモンゴル航空がウランバートル⇔イスタンブールを就航していることを把握していた。乗り継ぎ時間が約14時間と長いが、比較的価格の安い同社便を選定した。

ペルシャ湾岸都市には何度も行ったことがあるが、この計画練り直しの過程で、ペルシャ湾岸がホルムズ海峡を通る船便のみならず、航空便にとっても極めて重要性な場所であることを認識した。

成田からウランバートルを経てイスタンブールへ

成田からウランバートル(モンゴル)へ

この旅では全9回のフライトを予定している。

2026年3月14日、16時頃。この旅最初のフライト、MIATモンゴル航空のOM502便は成田空港を飛び立ち、約5時間半後にモンゴルの首都ウランバートル郊外にあるチンギス・ハーン空港に到着した。

2024年8月~9月にモンゴルを旅したので少し懐かしい。

この空港は市街地から離れているので、夜間、乗り継ぎの間に街へ出るのは良い選択ではない。私はおとなしく空港のロビーでイスタンブール行きの便を待つことにした。私と同じようにロビーで夜を明かす人々は一定数いた。

3月15日は6時30分に起床し、売店で買ったコーヒーと日本から持参した菓子で朝食を済ませた。それから、この旅をする前提となった1月8日以降の出来事を振り返った。突然の異動勧告。新たな縁で決まった転職先。その過程では様々な喜怒哀楽があった。今回の旅ではそれらの感情も整理しよう。

ウランバートルからイスタンブール(トルコ)へ

長い乗り継ぎ時間が終わり、MIATモンゴル航空のOM161便はイスタンブールへ向けて飛び立った。

結構揺れたが、約8時間半後、無事イスタンブールに到着。日本とモンゴルの時差は1時間、モンゴルとトルコの時差は5時間。すなわち、トルコは日本より6時間遅れている。

2015年9月以来、約10年半ぶりのイスタンブール。あちこち旅した人のあるあるだが、「今まで行った場所(または国)の中でどこが良かったか?」的な質問をよく受ける。正直たくさんあって答えに困るのだが、私にとってイスタンブールはその答えのひとつである。

往路では約20時間の乗り継ぎ時間中に街へ出るので慌ただしい。準備不足で事前に把握していなかったが、トルコはどうやらラマダン期間中のようだ(2026年は2月17日頃~3月19日頃)。

参考までに、ラマダンについて書いた過去の記事を貼っておく。

ラマダン中のイスタンブールで、歩いて、食べて、また歩く

イスタンブール空港に到着後、速やかに入国できた。空港からは地下鉄とトラムを乗り継いで旧市街へ出た。宿にチェックインした後、少し休憩して直ぐに街へ出た。何しろ時間は限られている。

小雨がぱらつく中、スルタンアフメト・モスク、アヤソフィア、トプカプ宮殿など観光の目玉が並ぶ旧市街を歩いた。イスタンブールには、約25年前、16ヶ月の長旅途上で長い期間滞在した(※)。観光はその際に終えているので、再訪時はひたすら歩く。

※当時のメモを見返したら、イスタンブールには3回行き、合計で約4週間も滞在していた。限られた時間の中で必死こいて動き回っている今ではとても信じられないような時間の使い方だ。若かりし頃の自分が羨ましい(笑)。

そして、食べる。街中ではラマダンの断食明けに食べるイフタール用の特別メニューを掲げている店も多かった。私は美味い・安い・早いの3拍子が揃うロカンタ(食堂)で夕食を済ませた。

トルコ料理は全般的に美味しいが、私は特に煮込み料理が堪らない。大好きなイスタンブールを再訪できた興奮もあって、少々食べ過ぎてしまったかもしれない。

食べたら、また歩く。これが私の旅の基本スタイルではあるが、長時間フライトの後で、日本との時差が6時間あるし、旅の序盤で無理は禁物なので、ほどほどにした。復路の立ち寄り時にじっくり歩こう。

それに、翌朝は早起きしてイスタンブール空港へ戻らねばならない。

<続く>

【参考情報】イスタンブール空港について

2015年9月、バルト三国(リトアニア、ラトビア、エストニア)を周遊した際にもイスタンブールに立ち寄った。その時の記憶では、空港から市街地まで結構近かった。今回、その距離(遠い)や市街地へのアクセス方法に違和感があって調べてみたところ、当時はどうやらイスタンブール・アタテュルク空港という旧空港を利用したようだ。

Wikipediaによると、2019年に現在のイスタンブール空港が開業し、定期旅客便はイスタンブール・アタテュルク空港からイスタンブール空港に全面移転した。

イスタンブール空港は2024年に8千万人以上の旅客を扱っている。この旅客数はヨーロッパではロンドンのヒースロー空港に次いで2番目、中東ではドバイ国際空港に次いで2番目、世界全体では7番目の忙しさとのこと。

イスタンブール空港は現在4本の滑走路を有している。今後、横風用滑走路を含めて6本の滑走路が設けられる計画で、全施設が完成すると年間1億5千万人が利用できるようになる。最終的にその数を2億人まで拡大して、世界最大の国際空港になる予定らしい。

イスタンブールはボスポラス海峡を挟んでアジア側とヨーロッパ側に分かれている。地理的に交通の要衝であることは容易に想像できるが、世界最大の国際空港になる予定とは恐れ入った。

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