【バルト三国】再訪したい! エストニア、ラトビア、リトアニア

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『バルト三国 愛しきエストニア、ラトビア、リトアニアへ』という本を読みました。

今回は私自身の旅を振り返りつつ、この本とバルト三国について書きます。

バルト三国は1991年にソ連から独立した

恥ずかしながら、2015年9月にバルト三国を旅するまで、私はバルト三国の名前をすべて言えなかったし、場所も正確には分かりませんでした。

近年の略史を簡潔に書くと、バルト三国のエストニア、ラトビア、リトアニアは、1940年から1991年に独立するまでソビエト連邦に併合されていました

独立後、2004年3月に北大西洋条約機構(NATO)に、同年5月には欧州連合(EU)に、いずれも三国同時に加盟しました。2015年1月までに三国はそれぞれ独自通貨からユーロに替えています。

ソ連統治時代には屈辱的なことも多かったようで、当時を暗黒時代としています。

バルト三国の「歌と踊りの祭典」はユネスコの無形文化遺産に登録されている

『バルト三国 愛しきエストニア、ラトビア、リトアニアへ』の著者、Sanna(サナ)さんはこの本が出版された2016年2月時点で世界65ヶ国を訪れたことのあるフリーライター。

エストニアとリトアニアで「歌と踊りの祭典」を見聞し、そのスケールに魅せられてバルト三国の虜になったそうです。

この「歌と踊りの祭典」はバルト三国で100年以上続く伝統文化で、2008年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。エストニアとラトビアでは5年ごと、リトアニアでは4年ごとに祭典が行われます。

タイムリーなことに、来月(2019年7月)、エストニアでこの祭典が開催されます。以降は、リトアニアで2022年、ラトビアで2023年に開催されます。

YouTubeで検索すればたくさんの動画が出てきますが、参考までに、ラトビアの祭典の動画を載せておきます。壮観ですよー!

Latvian Nationwide Song and Dance Celebration

バルト三国各国の首都にある歴史地区はユネスコの世界遺産に登録されている

『バルト三国 愛しきエストニア、ラトビア、リトアニアへ』はオールカラーで、たくさんの写真とともにバルト三国の飲食店、雑貨店、土産店、市場、博物館、クリスマス・マーケットなどが紹介されていて、写真を見ているだけで楽しい気分になってきます。

エストニアの章から

バルト三国をまだ訪れたことのない人は、色彩豊かでおとぎの国のような風景に、きっと好奇心をそそられることでしょう。

バルト三国を訪れたことのある人は、懐かしい風景と出合えるかもしれません。

ラトビアの章から

2015年9月、私はバルト三国を南から北(リトアニア→ラトビア→エストニア)に旅しました。

本書に載っている写真を見て、あーこの辺り歩いた!この店で食事した!と懐かしく思い出すこともあれば、へーこんな場所があるのか!行ってみたかった!と思うこともありました。

リトアニアの章から

リトアニアの首都ヴィリニュス、ラトビアの首都リガ、エストニアの首都タリンの旧市街は中世の街並みが残る歴史地区として、それぞれがユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。

いずれも甲乙つけ難い情緒あふれる街で、スケジュールの都合で短時間しか滞在できないことが本当に残念で、街を去るときはいつも後ろ髪を引かれる思いでした。

巻末から

『バルト三国 愛しきエストニア、ラトビア、リトアニアへ』には、各国の地図、基本情報、簡単な言葉なども載っていて、バルト三国の予習や復習、また、補助的なガイドブックとしても使うことができます(メインのガイドブックは『地球の歩き方』がいいでしょう)。

書店や図書館で本書を見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。ページをめくる度に、おとぎの国のような世界が垣間見えて、きっとワクワクしてきますよ。

ワクワクが止まらなくなってしまったら、実際に現地を訪れて、その魅力を存分に味わってみてはいかがでしょうか。

私自身、いつの日か再訪したいと思っているし、こうして書いていたら、今すぐにでも飛んで行きたい衝動に駆られてしまいました(笑)。

バルト三国は治安も良いし、ビザは不要(6ヶ月間で合計90日以内の滞在の場合)です。

大勢のユダヤ人を救った杉原千畝について

2004年にリトアニアで発行された切手

さて、重要な補足です。

杉原千畝(すぎはらちうね)という名前は聞いたことがあるかもしれません。

杉原千畝は第二次世界大戦時、リトアニアのカウナスにある日本領事館で外交官として勤務していました。

戦火が広がると、ナチス・ドイツの迫害によってポーランドなどから大勢のユダヤ人避難民がリトアニアに押し寄せました。

すると、杉原千畝は煩悶の末に、人道を優先して日本政府の命令に背き、杉原千畝自身がリトアニアを去る瞬間まで、全力で日本通過ビザを発給し続けたのです。

命のビザとも呼ばれたそのビザによって、大勢のユダヤ人が救われました。その功績により、杉原千畝はイスラエルから勲章やヤド・バシェム賞(諸国民の中の正義の人賞)を授与されました。

そんな偉人、杉原千畝が外交官として勤務していたカウナスの旧日本領事館が杉原記念館になっているのですが、私はカウナスへ行ったにも関わらず、スケジュールの都合で杉原記念館に寄ることができずに痛恨の思いをしました。

Sugihara House
Sugihara House

あれから4年近い年月が過ぎた今でも、なぜ行かなかったのか?と自問します…。

それはさておき、同氏が生まれた岐阜県八百津町には杉原千畝記念館があります。

杉原千畝記念館

そういえば、唐沢寿明主演の『杉原千畝 スギハラチウネ』という映画(2015年、東宝配給)を劇場で観たことを思い出しました。

書肆侃侃房のKanKanTripシリーズ

ところで、本書は「書肆侃侃房」という出版社から出ています。私は最初の「しょ」と最後の「ぼう」しか読めませんでしたが、「しょしかんかんぼう」と読みます。

書肆は本屋さんや書店などの意味で、侃侃は盛んに議論するさまを意味する侃侃諤諤(かんかんがくがく)からきています。

書肆侃侃房という社名には、「みんなで侃侃諤諤議論しながら、本を作っていこう」という想いが込められているそうです。

『バルト三国 愛しきエストニア、ラトビア、リトアニアへ』はKanKanTripという紀行ガイドシリーズの13番目の本で、著者のSanna(サナ)さんは5番目の『スウェーデン 森に遊び街を歩く』、21番目の『ブルガリア 悠久の時を刻む』という本も執筆しているようです。

他のシリーズ本も気になるので、機会があれば読んでみようと思います。

旅・紀行|書籍|書肆侃侃房

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